差し伸べた手に、冷たい刃が落ちる。
「愛しているよ、妾[ワラワ]の愛しい華月」
至高の神は笑った。全てを見透かし、全てを赦すかのように。
「何を笑う」
私は無雑作に《矛》を振り上げる。
貴様の赦しなど求めてはいないのだと、心中で吐き捨てながら。
「貴様は私に殺されるのに」
求めたのは、たった一つの腕[カイナ]。
「それ自体は取るに足らないことさ」
赦しなど誰に乞う気もない。これが罪であるとすら思ってはいないのだから。
「愛しているよ、妾の愛しい華月」
求めたのは、たった一つの腕。
呼ばれたのだ。だから私は貴様を殺す。
「世迷言を」
狂神華月。とち狂った神と、呼びたいのなら呼べばいい。狂っていると思うなら、そうなのだろうさ。
「私は貴様を愛さない」
至高の神から与えられる崇高な愛など必要ない。
「愛しているよ」
欲したのは、我が母なる器。
「世迷言を」
望んだのは、始焉への回帰。
「私は貴様を愛さない」
たった一つだけでいい。
「貴様は私に殺されたのだから」
無雑作に振り下ろした《矛》は至高と呼ばれる大神[オオカミ]の胸に深い死を穿った。
「さぁ、我が母なる器よ」
飛び散った鮮血は世界を赤く染め、ぶちまけられた《呪い》は私から神としての生命[イノチ]を奪う。
けれどそんなもの、惜しいとも思わなかった。
「天照は死に、世界は分かたれる」
私を殺す呪いは同時に世界をも侵す。そして分かたれるのだ。廻らぬ命と、廻る命を持つ者の世に。
「あなたが目覚める用意は整った」
廻らぬ命を失くした私は、廻る命も得ることは叶わない。けれど廻らずに生き、廻らずに死ぬことが叶うのなら、いつか巡り逢えるだろう。
「あなたの欲した世界が巡り始める」
求めたのは、たった一つの腕。
欲したのは、我が母なる器。
望んだのは、始焉への回帰。
「嗚呼、もうすぐ相見[マミ]えることが出来る」
そのためなら、世界を壊すことだって厭わない。
「嗚呼――」
そのために生まれたのだから。
(モラトリアムの終焉/華月神と天照。世界が分かたれた日)