ぶれいこうぶれいこう! ――呂律の回らない声で叫びながらワインのボトル片手にテーブルの上でストリップショーを始めようとした夕凪を夕立が強制退場させるのを横目に、あたしは蒼燈の後を追ってパーティーの会場を後にした。
とっくの昔に訪れていた夜は海のように広がっていて、あたしが「姉さんに何も言わないで出てきちゃったけど大丈夫かな?」なんて考えてる間に、蒼燈はどんどん先に進んで、あたしは置いていかれないよう半ば走るようにその後を追う。でもコンパスの差があって、追いついたと思って気を緩めるとすぐにまた二人の距離は開くから、あたしはその度、泣きそうになりながら今日は遠い蒼燈の背中を追いかける。
何故か「待って」とも「置いてかないで」とも言えず、自分勝手な蒼燈を罵倒する言葉も思いつかなかった。
そして闇が怖い。
その恐怖が《後継者》としての守りを失った事によるものなのか、冷淡な世界によるものなのか、黙って出てきてしまった罪悪感によるものなのか、昨日見た映画のせいなのかあたしにはわからないけど、この暗闇の中置いていかれたら怖くて死んでしまいそうだ。こんな所に置いていかれたら、怖くて、怖くて、怖くて、きっとあたしは死んでしまうんだ。
「そ、ひ…」
なのに蒼燈は立ち止まっても、振り向いてもくれない。ただ黙々と――あたしと一緒じゃなく、一人で歩いてる時の速さで――歩き続けるだけ。まるであたしなんか存在してないみたいに歩きなれた帰路を辿る。
寒くて、怖くて、心細くて、あたしはもう殆ど走りながら蒼燈に並ぶのに、いつも鬱陶しいほど気の利く蒼燈はあたしの手を握ってはくれない。同じ速さで歩いてはくれない。話しかけてはくれない。
こんなことになるなら姉さんたちと帰ればよかった。
「そうひ!」
蒼燈なんて大嫌い、だ。
「お前、いつもそんなことしてるのか?」
周囲の忠告も聞かず暁羽に勝負を持ちかけた夕立がついに酔い潰れ、テーブルに突っ伏した拍子に空瓶が将棋倒しになってけたたましい音を立てる。
無残にもテーブルから落ち粉々に砕けた瓶は、すぐに誰かが片付けた。
「おや、気付かれてしまいましたか」
騒ぎ疲れて眠ってしまった彩花の髪を梳いていた蒼燈は顔を上げ、華月の言葉に悪びれもせず笑みを返す。
幾らなんでも隣でやられたらなぁ? と、華月に同意を求められ夜空も首肯した。
「災難だったな」
「本当、無駄だって言ってるのに」
夕立から解放され、戻ってきた暁羽と沙鬼の会話を聞くともなしに聞きながら、蒼燈は彩花の額に手を当てる。
「放っておくと、悪夢ばかり見たがりますからね」
揮われた力はあまりに微弱で、暁羽はおろか隣にいた華月でさえ、注意していなければ気付けなかっただろう。
「――彩花」
暗闇の中で蹲っていたあたしが目を開けると、世界は一変した。
「そう、ひ…?」
目の前にはいつもと変わらない蒼燈。その向こうには見慣れない天井。世界を覆いつくしていたはずの暗闇と静寂はどこにもなく、蒼燈の膝を枕にして横になっているのだと気付いて体を起こすと、そこはまだパーティーの会場だった。夕凪はストリップどころか、テーブルに上がってすらいない。
「もう遅いですし、そろそろ帰りましょうか」
「そだね…」
「帰るのか?」
「えぇ。彩花も疲れたようですし、お先に失礼します」
「夕立運びたいから夜空置いてってー」
「風王にでも頼みなさい」
「俺パス」
「須佐に拒否権はない」
「じゃあ頼んだ!」
「そりゃないって冬星っ」
風王の悲鳴じみた声を遮るように蒼燈が扉を閉め、途端それまでの喧騒が嘘のように遠のいた。
「疲れましたか?」
少し前を歩く夜空を見ながらぼーっとしていたあたしの顔を覗き込み、さり気無くハンドバッグを取り上げた蒼燈はいつもの鬱陶しいほど気の利く蒼燈で、あたしは大丈夫だからと首を横に振る。
夜空が時々立ち止まって待たなければいけないほどゆっくり歩いていても、蒼燈はけしてあたしの前に出る事はなかった。あたしを一人残して行ってしまおうとはしなかった。
「楽しかったね、今日のパーティー」
「えぇ」
あなたと再び出会うため、あたしは独りきりの終末を夢見るのだろう。
(昨夜見た映画に出ていた吸血鬼は恋人の手で心臓に杭を打たれ死んだ/蒼燈と彩花とその他大勢。ゆめ)