《悪神》ロキは考える、何が特別だったのだろうかと、

「美味しい?」
「美味しい」

 聞くまでもなく。喜びばかりに彩られたその表情を見れば、リーヴスラシルがロキの手土産を気に入ったことは明らかだった。それでも聞いてしまうのだ。どうしてもその口から聞いてしまいたくなる。
 何が特別だったのだろうかと、《悪神》ロキは考える。リーヴスラシルの何が特別だったから、自分は《王》へと戻る術を永遠に失ってしまったのだろうかと。

「ロキはしょっちゅうこっちに来るのね」
「いけない?」
「いいえ。でもあなた、肩書きだけでも神族なんでしょう? いいの? こんな所に入り浸っても」

 名実共に。永遠に。ヨトゥンヘイムの《王》となった「ロキ」を侍らせ、それはそれは幸せそうな表情でもってケーキを頬張る。リーヴスラシルが特別なのは、彼女がミッドガルドの《王》だからでも、《印》を奪われた稀有な存在だからでもないはずだった。

「僕のやることに口を出せるような神族はいないよ」

 たったそれだけのことで「ロキ」が堕ちるはずがないのだから。

「それに、ここは元々僕が作った城だし。様子を見に帰ることがそんなに悪いことかなぁ」
「ミッドガルドにも城を持ってるの?」

 ケーキを渡され子供っぽくはしゃいだかと思えば、成熟しきった大人のようにくすりとからかい混じりの笑みを含む。生まれ持った美しさと相俟って、魅力的といえば否定のしようがない少女だった。
 けれどどんな美しさにだって「ロキ」は惹かれない。惹かれる心がなかったのだから。そんなものは理由にならない。

「ないけど」
「けど?」
「僕が趣味で作った諸々があちこち散らばってるから。その様子見…かな」
「ミッドガルドに?」
「人にあげたりしたのがね。幾つか」

 《印》を奪われ、《マナ》を御せず、死にたがっていた《王》の何が特別だったのだろうかと、《悪神》ロキは考えていた。「ロキ」を奪われたその瞬間から。なのにいつまで経っても答は出ない。「ロキ」でないロキにはわからなかった。

「ふぅん…」
「君が欲しいのなら取ってきてあげてもいいよ」

 けれど全てを与えたくなる。「ロキ」が望むそのままに。そうでなければならないような気さえしていた。

「いつかね」

 何か楽しいことでも思いついたよう、リーヴスラシルは笑う。その笑顔をいつまでだって見ていたい。そう思う感情が「ロキ」の影響によるものなのかそうでないのか、ロキには最早区別がつかない。

「欲しくなったら、自分で取りに行くのも楽しそうだし」
「そうなったら、僕がミッドガルドを案内してあげる」

 つける必要がないと思わなくもなかった。





(愛おしい憎しみ/姫と悪神。どくされた)