ラスティールはいつも戯れるようにキスをしてくる。頭の天辺から爪先まで。ありとあらゆる所に唇を寄せて「大好きよ」と締めくくる。でも、それだけだ。全ては所詮戯れで、そこから先へ進む事はない。それが時々、憎らしくてたまらなかった。

「ラスが男なら良かったのに」

 私達にこれ以上はない。わかっていてもぼやかずにはいられなかった。

「…どうして?」
「……」

 いつまでもこんな事を続けていたってむなしいだけ。分かってる癖に聞き返すラスティールに酷い言葉をぶつけてしまうのが怖くて、触れてくる腕を押しどけた。

「シーリン?」

 その時ふと認めたくない予感がして、思わず顔を顰める。同時に、今日はもう一緒にいない方がいいだろうとも思った。

「ヴェルメリオの所に行ってくる」

 肌蹴た服を適当に直してベッドを下りる。引き止められる前にと、少し急ぎながら扉に向かった。
 ヴェルメリオにジズをけしかけて八つ当たりでもしないとやってられない。

「シーリン」

 呼ぶ声を振り切るように緩く頭を振って扉へ手をかけた。

「ジズ、おいで」

 返事をしても振り返っても駄目になるから、それ以外の選択をするしかない。

「シーリン」

 ラスティールの声が鋭さを帯びた事に気付いて胸が苦しくなる。怒りたいのはこっちの方だ。人の気も知らないで。

「ジズっ」

 これ以上は待てないと、焦れたように呼んでもジズは来なかった。もう知らない。ラスティールの肩を持ちたいのならそうすればいい。

「――ジズはいない」

 引き開けようとした扉を、寸前で肩越しに伸びた手が乱暴に押さえる。ラスティールのものではない声が耳元で聞こえてひやりとした。

「誰が行かせるか」

 肩を掴んで力任せに振り向かされ扉に押し付けられる。痛みに悲鳴を上げるより口を塞がれる方が早かった。全てを奪い尽くすような口付け。息継ぎの合間に見た相手の瞳は血色。肩を流れ落ちる髪は銀。
 今度は違う意味で悲鳴を上げそうになった私を、男は攫うように抱き上げてベッドへ連れ戻した。その間も唇は合わされたままで、一度掻き乱された思考は気を抜いた途端焦点を見失ってしまいそうになる。――流される前に確かめなければいけない事があるのに。

「お前は私の物だ。誰にもやらない」

 強い言葉とは裏腹に縋るような目を向けられたら、もう抗えなかった。





 よく考えてみれば分かる事だ。あの時部屋には私とラスティールしかいなかったし、ラスティールは自分以外の誰が私に触れる事も許さない。二人っきりの時は部屋に人除けの魔法をかけてまでその状態を保とうとするような馬鹿だ。

「ラス」

 私を抱きしめたまま目を閉じていた男は、呼ぶとすぐに血色の瞳を露わにする。起きていたわけではない。眠りが浅い時のラスティールと反応がよく似ていた。

「……シーリン…」

 焦点の合っていない視線を彷徨わせた末私を見つけて、血色の目を幸せそうに細める。そのまま猫のようにすり寄ってきたら決定的だ。この馬鹿め。

「シャワー浴びたいからどいて」
「…いっしょに…」
「掻き出してる所見たいの?」
「……やろうか?」
「ばか」

 男になれるならどうしてもっと早くそうしなかったのか。ラスティールの考える事はたまによく分からない。普段は見てる方が恥ずかしくなるくらい丸分かりなのに。

「立てる?」
「さぁ?」
「運ぼうか」
「いいよ」

 私が体を起こしてなお腰に絡み付いていた腕を解くと、ラスは少しだけ寂しそうな顔をした。今の今まで抱きしめていたくせに。

「ねぇ、」
「なに?」
「一緒に入る?」
「ん」

 なんでもない風に聞くと、蕩けるような笑顔を見せる。男なのに蜂蜜みたいに甘ったるい。こんなのが魔王でいいんだろうか。

「キスしよう」

 私が返事をするまでもなく、伸び上がってきたラスの唇は私のそれに触れた。深みも艶もない挨拶のようなキス。あっという間に離れていこうとするから追いかけて私からキスをした。ラスはくすぐったそうに笑う。つられて笑うと、首の裏に手を差し込んで引き寄せられた。同時に腰へ回った腕は私の体をラスの下へと引きずり込む。

「シャワーは?」
「あとでね」

 印を付けるでもなく、ラスの唇はただ確かめるように私の体を辿った。ラスティールがするような先の無い愛情表現。

「楽しい?」
「楽しいよ」
「私は全然楽しくない」

 私はもう、その先にある熱を知っている。どうしようもない事ではなかった。今私の前にいるラスティールは紛れもない男――ラス――だ。望めば、与えてくれる。

「シャワーは?」
「あとでね」

 分かっているから、幸せだった。

「仰せのままに」

 私達にはもう先がある。





(繋ぐ夜)